月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
アッシュ+ルーク。
久々の更新ですが、暗い話です。
アッシュにもルークにも救いがない…。
絶望しきったルークと、それを知るアッシュの話。
注!同行者厳しめ
知らなかったんだ、とルークは叫んだ。
わからなかったんだ、とルークは泣いた。
この手がこんなにちっぽけなものだなんて、知らなかったんだ。
自分がこんなに何も出来ないなんて、わからなかったんだ。
「救いたかった、んだ」
心のどこかに、英雄願望がなかったとは言わない。
だって、好かれたかった。愛されたかった。認めて欲しかった。
『過去』の自分ではなく、『今』の自分を愛して欲しかった。見て欲しかった。
だから、英雄になれるという甘い言葉に唆されたのかと責められれば、ルークにはそれを否定出来ない。
けれど、そればかりでは、なかったのだ。
「本当、に、助けたく、って」
この手には余ることだなんて、考えもしなかったんだ。
ああ、馬鹿だなぁ、俺。
ルークは涙すら流せず、喉を震わせる。
ああ、馬鹿だなぁ、本当に。
結局、誰からも見放されて、突き放されて、嫌悪されて。もう価値もないとばかりに、捨てられて。
ルークは茫然と、己の心に巣食った闇の中に佇んだ。光なんて、なかった。それを誰よりも、ルーク自身が望まぬために。
自分は救われちゃ駄目なんだ、とルークは自身に言い聞かせる。
助けて、なんて言っても駄目なんだと、言い聞かせる。
認めて欲しいなんてことも、願っては駄目なんだと、言い聞かせる。
自分という存在を認めてもらうこと。それが、『過去』がなかったと知った『今』のルークにとっては、何よりの救いだから。
だから、望んでは駄目だと、自戒する。
「ごめん、なさい」
謝ったって、どうにもならないけれど、遅いけれど、だけどだけど、本当に。
救いたかった、んです。
暗い昏い眼差しが、ゆぅらり揺れて、朱色の睫毛がぱちりと閉じた。
*
会うたびに、ルークの傷は増えていった。ルークの身体のあちこちに、見たことのない傷が、増えていくのだ。
癒された痕跡はある。しかし、どれも癒しきれていない。
ルーク自身が、傷が消えてしまうことを拒絶したかのように。
治癒術による回復を拒んだかのように。
アッシュは訝しげに眉を顰め、偶然、一緒になった宿の一室でナタリアたちに気づかれぬよう、ルークを呼び出した。
「どうしたんだよ、アッシュ」
小首を傾げるルークの顔の左頬を走る傷跡に、アッシュの眉間の皺は深くなった。以前、会ったときには、こんな傷はなかったはずだ。
自分と同じ顔なだけに、言い難いものがあるが、整っていると形容していい顔だけに、その傷跡は酷く痛ましい。ルーク自身はけろりとしているが。
剥き出しの腕にも、ケロイド状になった火傷の痕。腹にも礫でも突き刺さったかのような傷跡がある。
これでは、王家に連なる公爵家の子息なのだと言っても、誰もが首を傾げるに違いない。
「お前、ちゃんと治してもらってないのか」
「え?…ああ、傷のことか」
「ナタリアも、ヴァンの妹も治癒術が使えるだろうが」
「いや、だけどさ、もったいないし」
苦笑するルークに、アッシュはぽかん、と呆気に取られた。何がもったいないのかと、訝しむ。
ルークがさも当然の顔をして、言った。
「術は無限に使えるもんじゃないんだし、俺の怪我の治療したせいで、ガイやジェイドたちの傷が治療出来なかったら、困るだろ?」
「…お前自身の傷はどうでもいいと言うのか」
「そりゃ、致命傷だったら、仕方ないとは思うけどさ。別にこんくらいの傷なら、わざわざティアたちに術を使わせて疲れさせること、ないじゃないか」
アッシュは言葉を失った。卑屈なことを、とこの場にガイたちがいたなら、口にしていただろうか、と思う。
けれど、そうじゃないのだと、アッシュは気づいた。ルークの翡翠の目に、一切の陰りがなかったからだ。フォンスロットを開いて繋げたわけではないけれど、伝わってくるものが、あったからだ。
ルークは、卑屈でも自虐的なわけでもない。ただ本当にもったいないと、思っているのだ。
自分のために、誰かが何かをすることを。
自分にそんな価値はないのだと、信じてきっているのだ。
「…あ」
何を言っていいのか、アッシュの頭には何の言葉も浮かばなかった。ただ胸が詰まった。苦しくて仕方なかった。
そんなアッシュを、ルークが不思議そうに見つめ、瞬いた。
どこかあどけなくすらあるルークの表情を前にすると、言葉が喉に詰まって、出てこない。
ルークが頬を掻き、だけどさ、とアッシュの心情に気づかず、続けた。
「ガイの奴がそんな卑屈なこと言うな、とか言って、ナタリアたちに治癒術使わせようとするんだよな。あとはグミを押し付けてきたりとか。グミだって、金掛かるんだし、もったいないって言ってんのに。俺、男なんだし、傷跡が残るくらい、何でもないのに、それこそもったいないとか、意味わかんねぇこと言うし。そんなこと言って、俺に術をかけたばっかりに力が足りずに、ナタリアやティアたちの身体に傷跡が残るほうが問題じゃん。なぁ、アッシュもそう思わねぇ?」
待て、とアッシュは心の中でルークを止めた。
ナタリアは、まだわかる。己の意志で旅の同行を決めたからには、怪我をする覚悟も傷跡が残る可能性もわかっていないわけではないだろうが、ナタリアは一国の王女だ。だから、ルークが傷が残ることを心配する気持ちは、わかる。
だが、ティアやアニスは違う。あの二人は女である前に軍人だ。その肌に傷が残るのは、ある意味、当然のことだ。それを気遣ってやる必要など、ない。本来なら、侮辱したのだと捉えられてもおかしくない。
もっとも、あの軍人としての心構えがまったく出来ていない二人の場合、傷跡が残ることを心配してやらなければ、女性に対する態度がなっていないと憤慨するに違いないが。
(何故、こんな)
こんなふうに、ルークは自分を追い詰めているのだろう。
これが自己犠牲の精神からなら、まだよかったかもしれない。だが、きっと違う。
ルークは、己が傷つくことは、当たり前のことだと思っているとしか、思えない。
「…ルーク」
アッシュは掠れる声で、ルークを呼んだ。
──不意に、それまで穏やかだったルークの顔に、怯えが走った。
ギョッとアッシュの目が丸くなる。
「なんで…」
「ルーク…?」
「何で、俺のこと、名前で…」
そんなふうに呼ばないで、と言わんばかりに怯えた顔で首を振るルークに、愕然とする。
ガイやナタリアたちがルークの名を呼んでいたときは、こんな顔はしていなかった。自分だからなのか、とアッシュは翡翠の目を揺らす。
こくりと唾を飲み込み、レプリカ、と呼べば、ルークの顔に安堵が広がった。その震えていた唇からも、ホッとしたような吐息が漏れる。
(…ああ)
そうか、とアッシュはふらりとよろめいた。アッシュ?とルークが気遣うように、アッシュを呼ぶ。
大丈夫だ、と首を振り、アッシュは俯き、低く押し笑った。紅い髪が、さらりと肩から落ちる。
ルークが訝しげに、首を傾いだ。
「なぁ」
「何?」
「俺はお前を、俺とは違う個として認めていると言ったら、どうする?」
ヒュッ、とルークが息を呑み、後ずさるのが、わかった。顔を上げれば、怯えきって、青ざめた顔がそこにあるのだろう、とアッシュは顔を覆い、笑い続ける。
ああ、これは、なんて酷い。
ルークは、望んでいないのだ。救われることも、助けられることも、求められることも、認められることも。
人々を、世界を救い続けて、傷だらけになって、ぼろぼろになって、何の感謝もされないまま、最後は奈落の底に落ちて壊れてしまうことだけを夢見ているのだ。
それこそが償いだと信じているとしたら、なんて。──なんて。
「…嘘だ」
「え?」
アッシュは垂れ下がった髪を背に投げ、顔から力なく手を落とし、ルークに暗い目を向けた。
澱んだ笑みとともに、視線を向ける。
「お前みたいな屑のことなんて、誰が認めるものか」
「ああ、うん、そうだよな」
ほぅ、と安心しきった顔で、ルークが笑った。
握りこんだ拳の中で、爪が掌に突き刺さる。いっそ幼子のように、見も蓋もなく泣きたかった。泣き叫びたかった。泣きじゃくりたかった。
けれど、そうする代わりに、アッシュはルークに気づかれぬよう、頬の内側を強く噛んだ。ギリギリと、奥歯で噛み締める。じわりと鉄錆の味が、やがて舌の上に広がった。
(どこで、俺は、俺たちは)
道を間違えてしまったのだろう。
いや、始めから正しい道なんて、どこにもなかったのかもしれない。
幸せに至れる道なんて、きっとどこにも、始めから。
翡翠の目を柔らかく細め、頬に走る傷跡を歪ませて笑うルークに、アッシュは差し伸べる手も、言葉も持たなかった。
END