月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
灰の騎士の過去編です。
バラガスとアッシュの出会い。ヴァンがいろいろ迂闊です。
いろいろ布石というか設定が増えてってます。
いずれ特務師団の師団長とするつもりだ、とまだ年若い少年を紹介されたとき、次期特務師団長と噂されているバラガスは呆気に取られた。自分を差し置き、その少年を師団長とすると言われたからではない。
その少年の容姿に、バラガスは呆気に取られたのだ。ヴァンの正気を疑った瞬間でもあった。
(赤い髪に翡翠の目って、おい)
冗談だろ、とバラガスは内心の驚きを表に出さぬよう、必死になった。必死になりすぎて、頬が痙攣しかけたほどだ。
「よろしく頼むぞ、バラガス」
ヴァンの物言いには、バラガスを出し抜き、次期総長となることがほぼ確定し、ローレライ教団において確固たる権力を築いたことを自慢するかのように、上からのものであり、優越感が滲み出ていたが、バラガスにとってそんなことはたいしたことではない。そんなことで悔しさを覚えるくらいなら、総長になることをそもそも辞退していない。
それよりも目の前の少年の素性の方が、今のバラガスにとっては問題だった。
(これは…ヤバイ、だろ)
自分の考えが確かならば、この少年は──キムラスカの王族の血を引く子どもだ。そして、現在、公にされている王族でこの年頃の少年と言えば、唯一人。ファブレ公爵家長子ルーク・フォン・ファブレだ。
…誘拐事件が数年前に起こったはずの。
(見つかった、とは聞いたが…)
まさか、いや、…まさか。
バラガスはどうしたものか、と心中、葛藤しながら、よろしくな、とアッシュに手を差し出した。翡翠の目がぱちぱちと瞬き、バラガスを仰ぐ。よろしく、と握り返してきた小さな手を握り、バラガスはアッシュの袖から覗く手首に赤黒い跡があることに気づいた。
手錠の跡だ。
「よろしいでしょうか、グランツ謡将」
「何かな」
バラガスが敬語を使ったことで、何かと競りながらも、あと一歩のところでバラガスに負けることが多かったヴァンの顔に喜色が浮かぶ。勝利を得たのは自分なのだと、喜んでいることは明白だ。
まだまだ若いな、と内心、苦笑しつつも、バラガスは慇懃な態度を崩さない。心の内を隠すことくらい、特務に長く身を置いている者としてはたやすい。
それに、四男とはいえ、貴族として幼いころから礼儀作法を叩き込まれているため、快く思っていない相手であろうと、笑顔で礼儀を貫く術は身に着けている。
「いずれ特務師団の隊長となるのでしたら、今のうちに特務師団の仕事場を案内してさしあげても構わないでしょうか?」
他意はないと笑みで示す。ヴァンは一瞬、顔を顰めたが、バラガスが丁重な態度を崩さないことに気を良くしたらしく、二時間までなら、とアッシュの背をバラガスの方へと押した。
「私は仕事に戻る。バラガス、二時間したら、アッシュを稽古場に連れてきてくれ」
「はっ」
去っていくヴァンの背を見送り、バラガスはアッシュの背に大きな手を当てた。戸惑うように、翡翠の目が揺れる。
「大丈夫だ、行こう」
「……」
無言で続くアッシュの歩幅に合わせてやりながら、廊下を進む。目指す先は一つ。特務師団が会議に使う防音設備が整った部屋だ。
バラガスは隣を歩く子どもを窺う。ちらりと襟足から覗く首にも、赤い跡が見え、バラガスの眉が寄った。
この子どもが何者であるかも重要だが、今は、彼の身に残る傷跡が気になる。手錠や首輪の跡は、虐待を意味していると考えていいはずだ。まして、これほど擦れた跡となれば。
おそらく、服で隠れて見えない部分にも、傷跡が残っているに違いない。服で誤魔化されているが、細い腕が痛ましい。
そして何より、暗く淀んだ翡翠の目が、バラガスの胸を締め付ける。こういう目を、以前、見たことがある。今は行方知れずとなってしまった親友が残した子どもが、最後に会ったとき、こんな目を、していた。
もしこれがヴァンの為したことならば──決して、許すことは出来ない。腹の底で、バラガスは怒りを溜めた。
「ここが、特務師団が会議に使う場所だ。師団長となれば、よく来ることになるだろう」
「……」
無言のまま、アッシュが部屋へと入る。興味なさげに部屋を見回すアッシュを椅子へと腰掛けさせる。
素直に頷いたものの、アッシュは無言を通していた。寡黙なのか、それとも、余計なことは話すなと禁じられているのか。
「飲み物でも取ってくるか。待っていてくれ」
ぽん、とアッシュの華奢な肩を軽く叩き、バラガスは部屋を出て行った。
優しく叩かれた肩に、アッシュが不思議そうに瞬いていたことに気づくことなく。
私室に行き、牛乳とコーヒー、それに菓子の箱をトレイに乗せ、バラガスは部屋の片隅に置いた箱の取っ手を掴んだ。木で作られたそれは年季を経て、黒ずんでいる。それでも頑丈に出来ているため、いまだ蝶番が緩んだこともない。
トレイを左手に、箱を右手に。バラガスは会議室へと戻った。両手が塞がっているため、爪先で軽く扉を蹴る。
しばらく間を置いてから、扉がそろりと内側に開いた。
「悪い、両手が塞がっててな」
「……」
苦笑しながら、ス、と開ききった扉の中へと巨躯を滑らせる。アッシュがバラガスの荷をちらりと見ることもせず、扉を閉めた。
トレイと箱をテーブルに乗せ、牛乳の入ったグラスを椅子へと戻ったアッシュの前に置く。よく冷えた牛乳は、グラスに水滴を浮かばせていた。
「チョコレートは好きか?俺の唯一の道楽でな。ここのは美味いぞー」
カコ、と金で店の名前が書かれた青色の箱を開け、中に宝石のように並べられているチョコレートをアッシュに見せる。ちろ、とチョコレートとバラガスの顔を見比べる子どもに、バラガスは照れくさそうに頬を掻いた。
「酒も好きだが、チョコレートにも目がなくてな。休みの日は食べ歩きしてるくらいでなぁ」
チョコレートを肴にスコッチを傾けるほど、バラガスはチョコレートが好きだった。だが、可愛らしく装飾された店内に、強面を自覚している身で入っていくのは少々気まずく、よく部下であるロベリアに付き添ってもらっている。
頬を緩め、アラザンが乗ったトリュフを一つ摘む。口に放り込めば、それは舌の上で柔らかに溶け出した。口いっぱいに広がるカカオとコニャックの香りに、バラガスは目尻に皺を寄せ、微笑んだ。
アッシュがそんなバラガスを見つめ、ふ、と笑った。
(笑えねぇわけじゃ、ねぇんだな)
アッシュに笑みを向け、ほら、とチョコレートを勧める。おずおずと伸ばされた小さな手が、薔薇を象った砂糖菓子が乗った四角いチョコレートを摘み、口に入れた。中は確かストロベリークリームが入っていたはず。
甘酸っぱい香りを唇の隙間から零し、アッシュが小さな声で美味しい、と呟いた。
「だろ?もっと食っていいぞ。部屋にもう二箱あるからな」
「…二箱も?」
「休みの日にまとめて買ってきてるんだ。一週間でなくなるんだけどな」
三箱買ったはずなのに、いつでも一週間もたないのだ。大事に一粒一粒味わって食べているのだが。
翡翠の目が、可笑しそうに細められた。少しずつだが、打ち解けてきてくれているらしい。
バラガスはアッシュの頭へと手を伸ばした。ビクリ。子どもの肩が震える。条件反射のように、怯えている。
アッシュを安心させるように微笑みながら、バラガスはアッシュの頭を優しく撫でた。大きな逞しい手が、紅い髪をくしゃりと撫ぜる。
アッシュが目を丸くし、バラガスを見つめた。
「特務師団には極秘任務が割り当てられることが多いために、この会議室は防音になってる。ここでの話が外に漏れることはない」
「……」
「出会ったばかりの人間を信頼しろって言っても無理なのはわかってるがな。…せめて、お前さんの怪我だけでも、手当てさせてもらえるか?」
アッシュの手首や首に残る傷は、どれも満足な手当ても受けていないように見える。バラガスはアッシュの目を真正面から覗き込んだ。
アッシュが口を開くのを、じ、と待つ。いつまでだって待つつもりだった。アッシュがバラガス・カーンという男を見極められるまで。
「鍵は掛かってない。俺が信用出来ないと思えば、いつでも出て行っていいからな」
アッシュがひたとバラガスの黒い目を見つめ返し、ゆっくりとチョコレートの香りが残る息を吐き。そっと袖を捲くり、バラガスへと両腕を差し出した。
バラガスは内心、ホッと胸を撫で下ろし、箱を開けた。それは、昔、親友が何かと生傷の絶えないバラガスに苦笑混じりに送ってくれた救急箱だった。
今では、遺品となってしまった箱だった。
「ちっと染みるぞ」
消毒液を選び、ガーゼに染み込ませ、アッシュの細い手首にそっと当てる。僅かに髪と同じ色の眉が寄り、眉間に皺が出来る。それでも、呻き声一つあげないのは、たいした根性だと、バラガスを感心させた。
手首、首。一つずつ、丁寧に治療していく。服の下も気になったが、さすがに脱げとも言えず、帰りに消毒液やガーゼを持たせてやろう心に決める。
最後に包帯を巻き、仕上げにまた頭を撫でてやれば、身体を一瞬、硬直させたものの、アッシュの翡翠の目にはもう怯えはなかった。
頭を撫でてやりながら、バラガスは一瞬、天を仰いでから、口を開いた。
「なぁ、お前さん、もしかして、キムラスカの…」
「違う」
即座に返された否定に、バラガスの眉が跳ね上がる。それは明確な否定だった。
無気力だった目にも、力が込められている。
「だがなぁ、その髪に目の色は、キムラスカの王族のもんだろう。もし、ヴァンの奴に脅されてるってんなら、俺がキムラスカに連れていってやるぞ?」
「っ、ダメだ…!俺は、キムラスカに戻るわけにはいかない」
「何故だ」
「…言う必要はないだろう。髪と目の色のことは、俺も気になってた。目の色は無理だが…髪は染めることにする。俺のこの髪の色は見なかったことにしてくれ」
そう言い放ち、席を立つアッシュの肩をバラガスは掴む。ギッ、と睨んでくる翡翠は、頑なだった。
何かを、この少年は抱えている。
「まあ、待て。言うなって言うなら、言わん。何か理由があるんだな」
「……」
「お前さんが特務師団長になれば、俺は部下になる。もし俺が信頼できる部下だと思えたなら、いつでも相談に乗ろう。それだけは忘れないでくれ」
「……何故」
どうして、と口ごもるアッシュに、バラガスは苦笑する。
その笑みは、自嘲を滲ませていた。
「人間誰しも、後悔を背負って生きているもんだ。度合いは違えどな」
「……」
「俺にも後悔がある。お前さんに手を貸すことでそれが軽くなるとは思っちゃいないが、また後悔することだけは避けられるかもしれないだろ?それに」
バラガスの脳裏に過ぎるのは、親友の死顔。最期に間に合わなかったことを、どれほど悔いたかわからない。
せめてもの救いは彼の騎士であった男を護衛に、彼の息子を逃がしてやれたことくらいだ。娘の方は、父親と同じく間に合わなかったが。
あの子どもは今、どこにいるのだろう。自国のマルクトに身を寄せるかと思っていたのに。
別れる瞬間、酷く昏い目をしていたのが、忘れられない。諜報活動を得意とする部下に彼らの行方を捜すことを頼もうかと迷ったこともある。
だが、もし、今、平穏な生活を送っているなら、そっとしておいてやりたかった。
──その選択をバラガスは後に悔いることになる。
「それに…なんだ」
「守るべき大切な何かを持ってるやつを俺は放っておけなくてな」
アッシュの目は、まさに大切な何かを守ろうとする男の目だ。アッシュにとって、それだけが生きている証であり、ヴァンのもとでどれほどの苦痛を味わおうとも、ヴァンのもとに留まり、その何かを守りたいと貫く意志を支えているに違いない。
守るものがある者は強い。そういう強さをバラガスは好む。
「俺はなぁ、アッシュ、一人の男として、お前さんが気に入ったんだ」
子どもとしてではなく、対等な男としてアッシュと接するバラガスに、アッシュが目を瞠る。ニッ、とバラガスの口の端がつり上がった。
「部下として、友として、アッシュ、お前さんの力になりたいと思った。それが詭弁かどうかは、これから、お前さん自身が見極めてくれ」
アッシュに向かって、改めて手を差し出す。おかしなやつだな、とアッシュが苦笑し、バラガスの手をしっかりと握り返した。
END
正直、バラガスはこのあとアッシュをヴァンのところに戻したくないなぁ、と思うんですが、アッシュが今はまだヴァンのところにいなければ、と言うので渋々従います。
早いところアッシュが特務師団に来れるよう、こっそり鍛えるのを手伝ったり、あんまり好きではないものの裏工作もしたり。
ルーク・フォン・ファブレのこともユーディにこっそり調べさせます。踏み込みすぎないように浅くでいいから、と。相手が相手だけに深追いは危険ですし、アッシュから話すのを待ってるのもあるので。
そんなこんなでバラガスはアッシュとお互いに信頼し合える絆を築いていくことになりますー。
出てきた親友は簡単に予想がつくかな、と…。バラガスにどんどん設定が増えてく…(苦笑)
もしバレンタインがアビス世界にもあるなら、バラガスにとっては天国な一日だと思います(笑)