月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
サフィルク。スレルク。
冒頭にえぐい(グロい)表現があるため、苦手な方はご注意下さい。
ED後、帰ってきたルークは、サフィールと一緒にあちこち放浪してます。
放浪中に出会ったレプリカの最後に立ち会う、二人の話。
注!被験者全般厳しめ(同行者&アッシュ含)
裸に剥かれ、乾ききった路地裏の地面に横たわるレプリカを、ルークはそっと抱き上げた。
白い肌は痛ましく、あちこちに蚯蚓腫れが赤く走り、どす黒く変色した痣が腕や足、薄い腹に残されている。
小振りの乳房には、指のあとも色濃く無残に残されていた。切り取られたのか、欠けた乳首からは、乳のように血が溢れ、白い肌にこびりついたそれは、赤黒く酸化している。
「……もう大丈夫だ」
ルークは小さく、口の中で歌を口ずさんだ。第七音素が、ヒューヒュー、とひび割れた唇から、掠れる息を吐き出すレプリカの身体をふんわりと包む。
空ろな茶色の眼差しがルークを見上げた。そこには何の感情も浮かんでいない
憎しみすら知らず、レプリカの身体が第七音素に溶け、乖離していく。
涙がルークの頬を伝い、空になった腕の間を抜け、地面に落ちた。
「どっちの方が、いいのかな」
知ってしまうのと、知らないままと。どちらの方がいいのだろう。
知らないままの方が、苦しまずにすむのだろうか。
「なぁ、どっちの方が幸せなのかな、サフィール」
ルークはゆっくり立ち上がり、振り返った。眼鏡を押さえ、俯くサフィールから、返事はない。
その唇は硬く閉ざされ、戦慄いている。
歩み寄り、形のいい頭を抱き寄せる。銀色の髪がさらりと揺れ、ルークの肩に落ちた。
「感情を知るのと、知らないままと、どっちの方がいいのかなぁ」
「…貴方は、どうなんですか、ルーク」
くぐもった声に、そうだなぁ、と相槌を打つ。銀色の髪に頬を摺り寄せ、ルークは翡翠の目を閉じた。
ケセドニアの乾いた風が、肌を撫で、二人の髪を靡かせる。熱気を孕んだ風が、濡れた頬をあっという間に乾かしていく。
「感情なんて知らなければ、ヴァン師匠に裏切られたとき、悲しくならずにすんだのかな、とは思うけど。──ああ、でも感情がなかったら、そもそもヴァン師匠をあんなに想うこともなかったのかな」
くすりと小さくルークは苦笑した。サフィールは何も言わず、ただゆっくりと呼吸している。
首筋に当たる呼気が生暖かく、くすぐったい。
けれど、乾いた風よりも、よほど心地いい、とルークは思う。
「…うん、感情なんて知らなかったら、苦しまずにすんだことは多かったろうな、って思うよ」
「……」
「だけど、俺は知ってよかったと思ってる。レプリカたちの死を悲しむことが出来るから。…だって、あんまりじゃないか」
なぁ、サフィールだって、そう思うだろ?
ルークはサフィールの髪に指を滑らせ、頭を撫でる。涙を流すことなく、泣く男を抱きしめて、息を吐く。
目の前で無残に棄てられたレプリカを見て、そして、死してなお、レプリカを搾取する被験者にとって都合がいいように、何も残せない、罪悪感を刻みこめるような死体すら残すことが出来ないレプリカを見て、悲しむサフィールに目を細める。
(俺の心は、ねぇ、サフィール)
心のうちで、暗く昏く、ルークは嗤う。
暗く澱んだ心の内で、奥底で、レプリカを生み出した被験者の一人を抱きしめ、ルークは嗤う。
(俺の心にあるのは、レプリカのことだけなんだ)
以前、心を占めていたのは、被験者のことだけだった。
ヴァン師匠やガイ、ティアにアニスにナタリアにジェイド。
そして、自分のもととなった、被験者ルークであるアッシュ。
彼らがこの心を占めていた。心にいたレプリカは、イオンだけだった。
ああ、それが今ではどうだ。この心にいるのは、レプリカたちばかり。心で思うのは、レプリカだけ。考えるのも、レプリカたちだけ。憐れむのも、悲しむのも、レプリカのことだけ。
被験者たちは、いつのまにか、この心から消え去った。それがいつかは、ルークにも判然としない。レムの塔で一万人のレプリカを殺せと言われたときかもしれないし、もっと前かもしれない。
わかるのは、今では彼ら全員が、死んでようが生きていようが、どうでもいいということだけだ。関心すら、今のルークにはない。
(逆転しちゃったんだよ、サフィール)
今では、心にいる被験者はただ一人。
それは、今、血色の悪い薄い唇を噛み締め、必死で涙を堪えるサフィールだけだ。
己に涙を流す資格などないと、泣くのを耐える被験者だけだ。
顔を伏せるサフィールには見えない唇に、ルークは薄っすらと笑みを滲ませる。
「…サフィール」
両手でそっとサフィールの頬を包み、サフィールの顔を覗き込む。こつ、と額を合わせれば、眼鏡の奥で伏せられた赤い目が見えた。
銀色の睫毛に縁取られた悲しみに揺れる目に、うっそりと翡翠が細まる。
「せめて俺だけでも、同じレプリカである俺だけでも、涙を流してやらなくちゃ、誰が彼らの死を悼むんだろうな」
「……」
「だから、俺は感情を知って、よかったよ」
俺だけでも、みんなの死を悲しむことが出来て、よかった。
涙を流すことが出来て、よかった。
ルークはそう囁き、サフィールの涙に濡れることのない、乾いた頬を撫でる。
そうですね、と小さくサフィールが頷き、小さく小さく、淡く笑った。
うん、とルークは頷き、微笑む。翡翠から、涙をぽろり、ぽろりと零して。
「…私は、被験者、ですから」
「うん」
「私は、彼らが生まれる譜業を作った身、ですから」
「うん」
「…私には、彼らの死を悲しむ資格は、ないですから」
「うん」
「だから、ルークは悲しんであげてください」
「うん」
「泣いてあげて、ください」
「うん」
流れる涙も、自分には拭ってやる資格はないけれど、泣いてください。
サフィールが喉奥から搾り出すように、言う。
うん、とルークは微笑み、頷く。両眼から、とめどなく、涙を流しながら。
「…悲しい、よなぁ」
「……」
「知らないまま逝く彼らの分も、俺は泣くよ、サフィール」
「……はい」
そして、流した涙の分、心に闇を凝らせるのだ。
これは、被験者への憎悪なのだろうか。それとも、世界そのものへの憎悪か。
いずれ、この闇が噴出す日が来るのかどうかは、わからない。
けれど、そんな日が来るとしたら。
「…サフィール」
「……」
「被験者も大事なら、俺の前から消えるなよ」
この心に残った、最後の被験者。
その彼が消えたなら、きっとこの闇は。
にこり、とルークは綺麗に笑う。微笑む。
サフィールが無言のままに、ルークを強く抱きしめた。
ルークは消えたレプリカの重みを確かめるように両腕をふらりと揺らめかせ、小さく首を振り、その手でサフィールを抱きしめ返した。
熱く乾いた風が、砂とともに朱色の髪を舞い上がらせた。
END