月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
灰の騎士団8話目。
あやうく本編の更新が、一年経つところだったとか…(汗)
ユーディ&バラガスで。
あと2、3話くらいで終わ…るといいんですが。
注!キムラスカに厳しめ(ナタリア&インゴベルト)
キムラスカまで、あと少し。船室から出て、甲板へと回れば、バチカルがユーディの目に映りこんだ。
太陽の光を遮るように手を額に翳しながら、まるで一つの塔のようだと、細い目をさらに眇め、思う。塔の天辺に住まうのは、もちろん、王だ。
預言に耽溺した彼の王には、一体、どれほどのものが見えているのだろう、とユーディは訝る。足元のことなど、見えてはいないだろう。
ナタリア王女にしても同じことだ。彼女は眼下を見やり、哀れみはするが、そこから降りてくることはない。
同じ目線で、など考えたこともないだろう。
それもまた、為政者のあり方ではある。だから、上からでも構わない、とユーディは思う。
問題なのは、自分が為したことの結果を最後まで見ようとはしていないことだ。哀れみを掛け、施しをした。
その事実に満足し、それが真にもたらしたものは何なのかまでは、確かめない。見極める頭もない。
結局、自己満足で、つかの間の人気取りでしかないことに、気づかない。
(…この国が変わるのは、難しいでしょうね)
どの国にも、歪みというものは存在するが、この国に巣食ったものは大きい。
こんな国に、預言に詠まれているのだとしても、どんな栄えが期待出来るというのやら、とユーディはモースの短慮に、嘆息した。
預言を盲信する輩の考えることは、理解できない。
「もうすぐバチカルですよ、リーン殿」
背に掛けられた声に、ユーディは振り返った。正装に身を包んだアスランが、緊張に満ちた表情でそこにいた。
これから、軍人ではなく、和平の使者として、王と謁見するアスランの腰には、剣は提げられていない。身に着けているのは、ピオニー・ウパラ・マルクト九世がしたためた親書のみ。
敵としてキムラスカへと入ったのではないと、アスランは身なりから、まず示しているのだ。
にこりと、ユーディは微笑みをアスランへと向けた。
「緊張していらっしゃるようですね、フリングス少将」
「これからのことを思うと、さすがに、緊張しますよ、私でも」
「そう緊張なさることもありませんよ。多少、失態を犯したところで、あちらが勝手に見て見ぬ振りをしてくれると思いますしね」
糸のように細い目でバチカルをちらりと見やり、薄く笑う。
マルクトからの和平の親書に記された、アクゼリュス救援の依頼。それは、アクゼリュスへと『聖なる焔の光』を送り込みたいキムラスカにとって、歓迎すべきものだ。
和平を結ぶつもりなど、端からないだろうが、この依頼のためならば、と表面上はにこやかに親書を受け取るはずだ。
そう、もしも、親書を渡す使者が、ジェイド・カーティスのままであっても、彼らは笑みを崩さなかっただろう。
彼がどれほどの不敬を働いたとしても、だ。どうせ、アクゼリュスの崩落に巻き込まれ、死ぬのだ、と内心で嘲りながら。
「私が何に緊張しているのか、わかっているんでしょう?」
アスランが苦笑し、ユーディの隣に並ぶ。その目は同じくバチカルへと向けられた。
アスランの横顔を、目の端で窺う。厳しい表情が浮かんでいるのが見えた。
「これから先のことには、我が王の命が、かかっていますからね」
「ええ、世界の命運もかかっていますし」
「…リーン殿は、まったく緊張してらっしゃらない様子ですが」
「まあ、私は、緊張する理由もありませんから」
「ですが、リーン殿も世界のために…」
「そこが私と貴方の違いなんでしょうね」
訝しげに首を傾ぐアスランに、ユーディは苦笑う。
気まずいなどと思ってはいなかったが、態度だけは、それらしく、頬を掻いて、続けた。
「世界自体なんて、私にはどうだっていいんですよ。私には大切な仲間がいます。その彼らとともに駆け回り、我らが隊長殿の願いを叶えたい。ただそれだけですから。バチカルには、その仲間が待っています。彼らに、やっと会えるのだと思えば、緊張よりも喜びが勝るのです」
目を見開くアスランに、ふふふ、と口元だけで笑い、一人、思いを馳せる。
これから先、何が起こるか。情報網だけは変わらず、常に張り巡らせてあるが、預言から外れる未来など、誰にも想像出来るものではない。
(私は、それが楽しみなんです)
預言が詠まれた未来は、先の見えた未来だ。あれこれ知恵を捻り、情報を操る楽しさも、それでは減じてしまうというもの。
預言なんてものに縛られて生きるなど、面白くない。だから、預言の性質をよく知り、そこから外れるにはどうすればいいかを理解するために、ユーディは神託の盾騎士団に入ったのだ。
そこで、バラガス・カーンに出会った。預言に疑いを抱き、一つの指針にしか過ぎぬと考える男に。
そして、バラガスとの出会いは、のちに、自分をアッシュへと導いてくれた。預言を打ち砕き、未来を己の手で勝ち取ることを誓う少年へと。そのための鍵となる存在である少年へと。
ああ、と緩く、ユーディは息を吐く。
もうすぐ、また彼ら二人に会えるのだ。
バチカルが近づいてくる。グランコクマと違い、美しいとは思えぬ街だが、今ばかりは心が躍る。
(ルッツやフォレーヌには、申し訳ありませんが)
一足先に、彼らに再会させてもらうとしよう。
抜け駆けなんてずるいわ、とロベリアが拗ねている顔が、ユーディの脳裏を過ぎる。ケセドニアで合流し、アッシュたちを待とう、と最初は話していたからだ。
だが、それよりも、キムラスカの様子を探る方が先というもの。モースが長逗留していることも気になる。ヴァンも今はキムラスカにいるのだから、なおさらだ。
アッシュが大事にしているレプリカであるルークに会うのも、楽しみだった。
傷つきやすい心を、必死で隠している少年であることは、アッシュの代わりに彼を調べてきたから、知っている。
本当に楽しみです、とますます顔を険しくさせているアスランに反し、ユーディは楽しげに笑みを深めた。
*
船から降りてきた銀髪の使者を、バラガスは港の離れたところから見守った。
彼を出迎えるのは、自分の役目ではない。キムラスカの軍人たちだ。
ゴールドバーグとセシルの二人が、使者とマルクト兵たちを迎え、城へと向かっていくのを、見送る。
「…ふむ」
あれが、新しい使者のアスラン・フリングスか、とバラガスは、また無精髭が生えた顎を撫でた。ざり、と指の腹に髭が当たる。
温和な雰囲気のある、物腰の柔らかい青年だった。身体つきや身のこなしからも軍人であることは容易に知れるが、正装で身を包んだアスランは、武器を身につけておらず、キムラスカの兵たちも、その態度を買い、敵意を露わにしている様子はない。
セシルやゴールドバーグへも、低姿勢を崩さず、礼儀を尽くしているようだ。二人の顔には、険しさはない。
マルクトから、ルークの保護の報告を怠った件や、ティア・グランツを見逃してしまっていた件について、先に慰謝料代わりの高価な作物や貴重な鉱物とともに、謝罪が行われていることも、彼らの表情が穏やかである理由になっているだろう。
ダアトからも、ティア・グランツを引き渡すという知らせが入っているはずだ。
これが悪名高い『死霊使い』であれば、こうはいかなかっただろうな、とバラガスが苦笑していると、見知った気配が近づいてきた。
笑顔で、その人物を迎えれば、にこりと笑みが返ってきた。
「おお、来たか、ユーディ」
「お久しぶりですね、カーン。息災のようで何よりです」
眼鏡の奥の糸のように細い目を、さらに細めるユーディの肩を、バラガスは親しげに叩く。
お前も元気そうだな、と笑えば、いろいろ大変でしたけどね、とユーディは苦笑した。
「アッシュもお元気ですか?」
「もちろん──と、言いたいところなんだがな。ちっと元気がねぇんだ、今は」
「…?何かあったのですか?」
訝しげに眉根を寄せるユーディに、ため息を吐き、がしがしと頭を掻く。アッシュが元気を失くす理由は、限られている。
ユーディにもすぐに察しがついたらしく、顎に手を掛け、首を傾いだ。
「ルーク様と、何か?」
「…ま、ともかく、こんなところで立ち話もねぇだろ。道すがら、話す」
くい、と顎で示し、バラガスが歩き出せば、おとなしく、ユーディはついてきた。
ざわめくバチカルの街を上を目指して、進む。二人に意識を払う者は、いない。
昇降機へとユーディと二人、乗り込んだところで、バラガスは口を開いた。昇降機には他には誰もおらず、話を聞かれる心配はない。
「どうもなぁ、ルークが急にアッシュと俺のことを避けるようになってな」
「何かきっかけでも?被験者とレプリカという関係がばれたのですか?」
「いや、そのへんはばれちゃいねぇようだが、ヴァンの野郎が何か吹き込んだようでな。ルークが城に呼ばれてからなんだよ、様子がおかしくなっちまったのは」
「ああ、城には、ヴァン・グランツが幽閉されていましたね。…ふむ」
つ、と顎を引いて俯き、黙考し始めたユーディが口を開くのを、バラガスは黙して待った。
昇降機は音を立てて、昇っていく。目線が少しずつ、高くなり、景色が変わっていく。
水平線が、遥か先に見えた。
「ルーク様は近日中──早ければ、明日にでも、召喚されるはずです」
「アクゼリュス派遣のために、か」
「ええ。親善大使なり、何なり、ルーク様に役目を与えるためにも、城に呼ばれることは必至です」
「だろうな。で、また、ヴァン・グランツに面会するんだろうなぁ。慕っちまってるからな」
苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、バラガスはもどかしげに舌を打つ。
ヴァンは、口が上手い。孤独に必死で耐えている幼い子どもを誑かすことなど、あの男にとっては、朝飯前だろう。
吐き気がする、とバラガスは眉間に皺を刻む。
あの男の真の目的は、まだわかっていない。預言に関係していることは、確かだろうが。
だが、何であっても、ヴァンがしたことは許せることではない。
あの男は、子どもを犠牲にした。『聖なる焔の光』などという、ろくでもない運命を背負わされて生まれてきたアッシュと、アッシュから生み出されたルークの二人を。
どんな信念が、そこにあろうと、だ。守りたいと思う二人を、自分は守る。
そのためにも、今は、キムラスカから、二人を守らなければ。
「ですから、忍び込もうかと」
「城にか?」
「ええ。キムラスカの動きも知ることが出来ますし、一石二鳥です」
「しかし、大丈夫か?」
「まあ、あの城に忍び込むのは、初めてでもありませんし」
「ああ、そういや、そうか」
見取り図は頭に入ってますよ、とにこやかに言うユーディに、バラガスはため息を吐くことしか出来ない。
元特務師団副隊長として、暗殺だけではなく、隠密としてのユーディの腕前も知っているが、こうも飄々とした態度を崩さないところは、尊敬すべきなのか、呆れるべきなのか、迷うところだ。
まあ、いいか、とバラガスは苦笑し、ユーディの肩を叩いた。
「期待してるぜ」
「任せてください」
一瞬、薄い目が開き、きらりと光る。
ユーディならば、手ぶらで帰って来ることは、まずあるまい。
昇降機がゴトトッ、と止まった。ここで乗り換えて、最上階に行けば、城も公爵邸もすぐ目の前だ。
さて、とバラガスは昇降機の扉を開け、外に出た。
「ま、ひとまずは、『挨拶』からだな、ユーディ」
「ええ、私の顔も覚えて頂かなくてはいけませんからね」
公爵にも、既に仲間たちのことは話してある。今日、ユーディがやって来ることも。
もちろん、アッシュにもだ。ユーディに会って、少しは気が晴れてくれればいいのだが。
(なんつーか、前途多難、だな)
預言から外れようというのだから、それも当然か、とバラガスは肩を竦め、次の昇降機へと足を進めた。
*
はぁ、と己の唇から漏れたため息の重さに、アッシュは眉を顰めた。
ロベリアがいれば、そんな憂鬱そうなため息なんて吐いてたら、幸せが逃げていっちゃうわよ、と苦笑いでもされそうだ。
(…そうは、言ってもな)
自分とて、ため息を吐きたくて吐いているわけではない。勝手に出てしまうのだ。
原因は、わかっている。
ちら、と顔を合わせた途端、逃げていったルークが、その原因だ。
ルークは、明らかに自分を避けている。苛立たしげに、アッシュは唇を噛み締めた。
「…ちくしょう」
ルークに話しかけようとしても、ルークは、勉強があるから、などと適当な言い訳をし、まともに話もしてくれない。少し前まで、勉強なんて大嫌いだと言っていたのは誰だ、とアッシュは舌を打つ。
避けられているのは、自分だけではなく、バラガスも同じようで、参ったな、と頭を掻いているのを見るのは、一度や二度ではない。
ミュウも戸惑っているらしく、主人に理由を訊ねたようだが、今にも泣きそうな顔をしたルークに、うるさいっ、と怒られたらしい。
ご主人さま、悲しそうでしたの、と項垂れているミュウが、アッシュの脳裏を過ぎる。
ルーク自身、どうすればいいのか、わからないのだろう。
(…どうすればいい)
マルクトからの和平の使者が、今日、入国したことは聞いている。それは、すぐにでも、ルークがアクゼリュスへと送られるということだ。
預言のことを教え、秘密裏に協力者となった公爵からの依頼で、バラガスとともに、ルークの護衛の任につくことは決まっているが、今の状態では、それもうまくいかないかもしれない。
ルークから信頼してもらわなければ、ヴァンに裏をかかれる危険性が高くなる。
だが、ヴァンと自分との間で、ルークは揺れ動いている。
噛み締めた唇から、血の味がし、アッシュはため息を吐いて、噛むのを止めた。
(ヴァンの野郎…ッ)
目の前に立ちはだかる男に、憎悪が募る。
ヴァンがいなかったなら、ルークが生まれることもなく、バラガスたちと出会うこともなかったとわかっていても、だ。
ファブレ邸の庭で、一人、アッシュは項垂れる。素性が判明したペールが辞めていったことで、庭師が代わり、ファブレの中庭は、前とは違う花が植えられるようになった。
花の香りが、鼻腔を擽る。それは優しい香りだったが、今のアッシュの心を慰めてはくれなかった。
(情報が足りない)
ヴァンの考えが知りたい。何を企んでいるのかを、知らねばならない。
キムラスカの動きは想像がつくが、あの男がその裏で何を企んでいるかは、まだわからない。そこまでは、あの男は自分にも言わなかった。
和平の使者たちが乗っている船には、ユーディ・リーンも乗っていたはずだ。
そろそろ、顔を見せるころだろうかと、アッシュは顔を上げ、玄関の方角へと顔を向ける。
特務師団にいたころ、ヴァンに気取られぬようにして、ユーディを動かしたことが、アッシュにはあった。キムラスカの城へと潜り込ませたのだ。
モースとヴァンが、インゴベルトにどこまで話しているかを知るために。
結果、インゴベルトが知っている秘預言は、キムラスカの繁栄までだとわかった。
く、とアッシュの口の端が吊り上がる。見回りの白光騎士がアッシュの姿に気づいたが、仮面の影になった、その笑みに気づくことはなく、通り過ぎていった。
(世界の滅びが詠まれていてなお、預言に従ってるわけじゃないことに、安堵すべきか、どうか、悩むところだな)
そこまで預言を妄信しているわけではないことに、安堵すべきか。
それとも、その先を見通すだけの力もないことを、嘲笑うべきか。
どっちでも、同じか、とアッシュは薄く笑みを浮かべ続ける。
どちらであったとしても、預言の成就などありえない。そんな未来は、この手で、叩き潰してやるからだ。
(犠牲になんざ、なる気はねぇ)
滅びるのがわかっていて、つかの間の繁栄のために、命を捧げるつもりなどない。ルークの命を捧げさせるつもりもない。
インゴベルトが、ルークがレプリカであることを知ったなら、どうするだろうか、とアッシュは、バラガスがユーディを連れて帰って来るのを待ちながら、考える。
おそらく、いや、間違いなく、超振動という脅威の力を扱える本物を残せるのならば、これ幸いとばかりに、ルークを犠牲にするだろう。
十年もの間、キムラスカを謀った罪の償いだとでも、理由をつけて。
馬鹿馬鹿しい、とアッシュは首を振る。本当に、馬鹿馬鹿しい。
気づかなかったのは、貴様らだろうに。
深く、長く、アッシュは息を吐き出した。
風が吹き、そよそよと花々が揺れている。
ルークは、部屋にこもったまま、出てこない。ミュウがルークの側にいてくれて、よかったとアッシュは目を細め、閉じられた扉を見つめた。
一人にしてくれ、と言っているようだが、ミュウはルークから離れずにいる。辛く当たられても、それがルークの本心ではないと、あのチーグルの仔どもは見抜いている。
ルークを孤独にはしないのだと、頑張っている。
(本当は、俺が側にいてやりたいんだがな)
だが、ルークは今、それを望んでいない。さすがに、ヴァンもルークがレプリカであることは告げていないだろうが、何を吹き込んだのか、知らなければ。
ユーディならば、それを探り出してみせるだろう。
時間がない、とアッシュは眉根を寄せ、呻く。
預言に詠まれた年は、今だ。『鉱山の街』へと向かう時間は、刻一刻と近づいている。
(誰も、死なせるものか)
ルークも、バラガスたちも、そして自分も死んでたまるか、とアッシュはきつく拳を握る。
──玄関から、声がした。
バラガスの声と、待ちわびたユーディの声がする。
ルークの部屋の扉を、もう一度、見つめてから、アッシュは玄関へと足を向けた。
廊下を抜け、玄関のあるホールに出る。ガルディオスの剣がちらりと視界を掠めたが、アッシュは意に介するこなく、仮面越しにバラガスとユーディを見やった。
ラムダスにユーディの到着と公爵への面会の話をしているバラガスの背後で、視線に気づいたユーディが、アッシュへと顔を向けた。
眼鏡の奥の細い目が、ゆる、と弧を描き、すべて承知しているとでも言うように、ユーディの首が縦に振れる。
アッシュは小さく笑み、頷き返した。
キムラスカの思惑も、ヴァンの思惑も、好きには、させない。
NEXT
最初、立てていたプロットからずれてきてるので、帳尻合わせが…(汗)
が、頑張ります…!