月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
アシュルク。
ED後、二人で帰ってきました、な話です。
寄り添って生きる、二人の話。
まだまだ更新の停滞は続くと思いますが、一本、思いついたので…!
注!ナタリア、ティア、ガイに厳しめ
アッシュ、アッシュ、と抱きついてきた腕の強さに、アッシュはぎくりと固まった。
手を伸ばし、そろりと朱色の髪が垂れた背を抱き寄せる。
アッシュの肩に顔を埋めたルークが、ゆるりと安堵の息を吐いた。
「…どうした」
「アッシュ、いる、よな?」
「ああ、ここにいる」
「…ん、よかった」
身体に回された腕が、力いっぱい、抱き締めてくるせいで少し苦しかったが、アッシュは身じろぐことなく、ルークの背を撫で続ける。
少しずつ、強張っていたルークの身体からは、力が抜けていった。
朱色の髪に鼻先を埋め、撫でていた手で、今度は、柔らかく、背を叩く。
一定のリズムを刻む手に、ルークの強張りはさらに解け、ずるりとアッシュの背から、ルークの手が落ちた。
寄りかかってきた、力の抜けた身体を、しっかりと受け止める。
ルークからは、寝息が聞こえ始めていた。
「…寝たか」
すよすよと安心仕切った顔で眠るルークに、アッシュは口の端を緩め、額に口付けを落とした。
ルークを起こさぬよう、そっと横たわらせ、頭を自分の腿に乗せてやる。
指で髪を梳いてやりながら、木の幹に背を預け、アッシュは空を見上げた。
焚いておいた火は消えかけているが、今日は温かい夜だ。
薪を足し、火を燃やす必要はないだろう。
葉や枝の隙間から見える夜空には、星がちらちらと煌き、音譜帯が浮かんでいる。
──アッシュとルークの二人が、そこから地上へと戻ってきてから、もう五ヶ月が過ぎようとしていた。
「……長いようで、短かったな」
ずっとあそこにいればよかった。
ぽつりと呟き、アッシュは眉間に皺を刻む。
クセになるよ、とくすくす笑って、指で解そうとしてくるルークは、今は穏やかな眠りの中だ。
止める者のない眉間の皺は、深く、濃さを増していく。
夜風がさらりとルークの髪を揺らし、アッシュの紅い髪も静かに靡かせた。
「俺は、馬鹿だな」
本当に、愚かだった。
目を閉じ、アッシュは苦渋に顔を歪める。
深いため息が口から零れるのを、止められない。
腿の上で眠るルークのあどけない寝顔が、胸に痛かった。
五ヶ月前、揃って帰ってきた自分たちを、かつて、ルークとともに旅をしていた『仲間』たちが迎えた。
セレニアの花畑で、創られたホドを背景に、彼らは嬉しそうに笑っていた。
──よかったのは、そこまでだった。
固く手を繋いだ自分とルークに、見る間にナタリアとティア、そして、ガイの顔色は変わっていった。
青ざめたナタリアが、アッシュ!と叫び、抱きついてきたのを皮切りに、ティアもまた、ルーク、と名を呼び、ルークに抱きついた。
まるで、二人とも、名を呼んだ相手を、自分のものだと主張し合っているかのようだった。
それでも、離すまいと握り合っていた手を無理矢理、断ち切ったのは、ガイだった。
繋いでいたルークの手と自分の手を強引に解き、ルークの手を握ったのだ。
血の気の引いたルークの顔を、アッシュは忘れらない。
アッシュ、アッシュ、と縋ってきたルークを、ナタリアを振り払い、抱き締めた自分に、ガイたちが向けてきたのは、憎悪にも似た目だった。
己の今までの所業を振り返り、深く悔いたらしいジェイドやアニスがいなかったならば、あの三人は何としても、自分たちをその場で引き離そうとしたに違いない。
ルークが泣き喚こうとも、意に介さずに。
自分たちこそが、ルークを宥め、安堵させる役目を負っているのだと、疑いもせずに。
「……」
うん、と小さく身じろいだルークに、アッシュは微笑を落とした。
ぽんぽん、と肩の上で手を弾ませる。
ルークの唇に微かに滲んだ笑みに、ホッと息を吐く。
今のルークは、背伸びを強いられ、大人であることを強要されていたころとは、違っていた。
音譜帯で過ごすうちに、歪みは消え、本来の年齢である七歳へと、その心は戻っていた。
実際、寝顔はあどけなく、幼い。
縋りついてくる強さこそ、大人のものだが、その心は本当に幼い。
(いい夢を、見ているだろうか)
ローレライ、とアッシュは小さく名を呼ぶ。
次から次へと音素集合体達の名を紡ぎ、どうか、ルークに安らぎの夢を、と願う。
闇夜を縫うように現れた、七色に光る蝶が一匹、ルークの頭に止まった。
羽がゆっくりと揺れ、キラキラと光の粒が燐粉のようにルークに降り注ぐ。
ありがとう、とアッシュが小さく笑めば、蝶は羽ばたき、アッシュの上にも、燐粉を降らした。
「…俺は、いい」
自分には、安らぎの資格などない。
蝶がそんなことはない、と淡い光でアッシュを包み込む。
アッシュは苦笑し、俯いた。
紅い髪が肩から落ち、胸に掛かる。
「愛されて欲しい、と思ったんだ」
夜に落とされた呟きを拾ったのは、蝶だけだった。
悔恨に満ちた呟きに、蝶が悲しげに明滅する。
アッシュは目を伏せ、長い睫毛を震わせた。
「ルーク、お前は、ずっと俺の身代わりをさせられてきたから」
七年もの間、記憶を失った『ルーク』としての生を強いられてきた、レプリカルーク。
屋敷に軟禁され、『ルーク』を知らぬ者に触れる機会などなかったルークに注がれてきたのは、すべて、本物へと向けられるものだった。
だから、と思ったのだ。
今度こそ、ルークだからこそ、レプリカルークだからこそ、向けられるべき愛の中で、生きて欲しい、と。
幸せになって欲しい、と、そう思っていたのに。
ルークへと向けられたのは、利己的な愛だった。
一方的で、身勝手で、ルークのことなど、ちっとも考えていない、そういう愛だった。
中には、ルークを本当に愛している者もいたけれど、彼らは力がなく、ルークが都合のいい存在である限りは、愛してやってもいい。そんな冷たい愛を持っていた者にこそ、力があった。
たとえば、ユリアの再来、救世の聖女だと称えられたティアや、ガルディオス家の生き残りとして、世界のために命を掛けたマルクトの英雄とされたガイがそうだ。
そして、世界が、そうだった。
預言の代わりを、帰ってきた奇跡の英雄に、人々は求めた。
王族として生まれたのだ、それに応えることは、義務だっただろうとは、アッシュも思う。
王族にあるまじき恥晒しだと、自分の身を恥じる気持ちがないわけではない。
けれど、ルークは違うのだ。ルークには、自由であって欲しかった。
音譜帯ならば、ルークは自由であったのに。
自分が、望んだから。望んでしまったから。
人々が、ルークを愛してくれるはずだと、信じてしまった、から。
だから、アッシュはルークを連れ、姿をくらました。
ルークを守ること、愛することが、自分の義務だと信じて。
それが、自分が何よりもしたいことでも、あったから。
夜空を、きらりと星が光り、流れていくのが見えた。
咄嗟に、アッシュは願いを呟く。
どうかどうか、と祈る。
「ルークが幸せであるように。ルークを本当に愛してくれる者たちが、幸せであるように」
アッシュもまた、幸せであることを願っているとでも言うように、蝶が煌き、二人を光で包んだ。
音素集合体たちの穏やかな歌声が、寄り添い生きる二人を、守るように奏でられていた。
END